2007年01月17日

2006年12月13日分 ゲスト:伊原剛志

国分:さあ、今年もあと半月ちょっとですね。1年がこう、今年は僕はね、特にアッという間に終わったなーという感じがするんですけども。
美輪:あぁそう。もう年なのよ、それは(笑)。
国分:そういうふうに思うということがですか?
美輪:そうそう(笑)。
国分:(笑)。いやー痛いな。まだ若さでね、売っていきたいと思うんですけども(笑)。さあ本日のゲストの方はですね、個性的な俳優さんです。が最近では、ハリウッド映画にも出演したという方でございます。
美輪:あの、役者さんでもふた通りいるのね。女優さんでも。
国分:はい。
美輪:あの、じっとしててね、しゃべらないほうが動かないほうが、笑わないほうがいいんですよって方と。んで、じっとしているよりも、しゃべったり動いたりするとね、シャルム(charme。魅力。フランス語)が出てくる人がいるの。だから、後者のほうよねこの方は。でそうするとね、なんとも言えないね、その、魅力を発散する人よね。
国分:ほぉ〜なるほど。
美輪:そういう人いるの。
国分:憑依…体質系ですかねこの方は。
美輪:あぁ、もちろんそうです。
国分:ほう。即答です。
美輪:んふふ(笑)。
国分:ちょっと静まり返りました(笑)。どんな回になるのでしょうか。

ナレーション:1963年・福岡生まれ
ヤンチャで喧嘩ばかりしていた少年が
いつしかハリウッド映画に出演する役者に
俳優・伊原剛志
伊原:昔やっぱり一回真剣にもう、死んでしまおうと思ったことが20代の時にあって。
ナレーション:死を決意した20代
美輪:みんな信用なんかならねえ」って思ってるのが、「あ、信じられる人間もこの世の中にいるんだな」っていうことなのよね。
伊原:なるほど。
江原:親のね、先に生まれた側のほうの未熟さで、「いっぱい振り回してきちゃったから」っていう言い方なんですよね。
伊原:生きてる時もあの、よく謝ってました。悪かったとか。
ナレーション:夢でも会いたい…亡き母のメッセージ

国分太一・美輪明宏・江原啓之 『オーラの泉』
ナレーション:伊原剛志さん、これからスピリチュアルチェックを始めます。
自分の性格をひとことで言うと何ですか?
伊原:……(笑)。わがまま。えー……緊張しい。
国分:へえ〜。
ナレーション:小さい頃、なりたかった職業は何ですか?
伊原:えー…パイロット。あと体育の先生。
ナレーション:あなたのマイブームを教えてください。
伊原:マイブーム。んー……英…英会話。英会話。
ナレーション:何か怖いものはありますか?
伊原:うーん……人間。(笑)。
国分:人間。
ナレーション:生まれ変わるなら何になりたいですか?
伊原:うーん…なんか、世の中に…世の中の、平和なことに役立つ人間。
ナレーション:ありがとうございました。

国分:さあ伊原さん、どうぞこちらのほうに。
伊原:どうも。
美輪:ようこそ。
伊原:いやー、恥ずかしい(笑)。
美輪:恥ずかしいの?
伊原:恥ずかしい。
国分:ああ、あそこで、前でしゃべるというのは。
伊原:僕ね、美輪さん実はね、あのー、昔僕、舞台でデビューして『真夜中のパーティ』(1983年上演。7人のゲイが集まるパーティを描いた伊原のデビュー作)っていうのでデビューしたんですけれども、僕それに出てまして。初演から3、4回。その時に、実は楽屋ですれ違ったことがあるんです。まあご挨拶、あの、ちょろっとしただけなんですけど。
美輪:それは失礼しました。
伊原:いえいえいえ、とんでもないです。僕が19歳の時なんですけど。
美輪:大勢出てらしたのよね。
伊原:そうです。僕はあの、プレゼントの役をやってたんです。
美輪:プレゼントで、もらわれる役。首にリボンつけて。
国分:19歳の頃ですか?
伊原:19歳。ええ。
国分:どうですか、最初にその美輪さんを見た時は?
伊原:あの…ヘビに睨まれたカエル(笑)。
美輪:国分:江原:(笑)。
国分:その時の印象とかっていうのは何か、覚えてますか?
美輪:あのね、も〜のすごいピュアーでね。あの〜、よくほらあの、天使のアレがあるじゃない。ガブリエル天使やなにかの絵が。イタリーの。ああいう感じだったのよ。
国分:へぇ〜。どうですか、このスピリチュアルな世界というのは?
伊原:え〜っと、割と好きだと思うんですけど。興味があるし。はい。なんかあの、前…この番組見てて、なんか、そういう大人の方とこう、話をしたいなと思って…。
国分:あ、そうなんですか。
伊原:はい。この3人。
国分:あ、僕も入れてもらえますか!? 
伊原:美輪:(笑)。
国分:よかったです(笑)。
美輪:(笑)。ここで大人はただひとりですよ。江原さんだけ(笑)。
江原:えぇぇ、何を言うんですか!?
美輪:(笑)。
国分:さあ、早速スピリチュアルチェックを振り返ってみたいと思います。まず自分の性格をひとことで言うと、「わがままで緊張しやすい」ということなんですけども。
伊原:そうですね。はい。
国分:緊張しやすい?
伊原:今も緊張してますよ。
国分:え、ホントですか?
伊原:はい。そういうふうに見られないんですよね、でも。
美輪:逆に出すんですよね。逆に。
伊原:なんかそういう…でも、今よりも昔の方がホントに緊張すごくて。あのー…もうホントに芝居がヘタクソな役者で。緊張して、たとえば…なんていうんですかね、まぁコーヒー飲むシーンがあると、カップがカタカタカタっていって止まらない。それでもう悔しくて悔しくて家に帰って寝れなくて、「なんで俺は緊張するんだろう」と思って次また臨むと、また緊張して。その繰り返しでずーっと。はい。
国分:カップを揺らしてしまったりするくらい。
伊原:そうですね。
国分:今はさすがに落ち着きましたか、その緊張というのは?
伊原:あの、緊張の度合いがその、まぁ種類が変わってきて、今も緊張するんですけど、まぁ、いろんなこと経験してるし。僕は大体その、何にもせずに臨むと、大体緊張するんですね。準備をちゃんとして、自分で納得いくまでやって、「もうこれだけやったんであれば、もうしょうがない」と。まぁ自意識過剰なんですね。どういうふうに、だから今の自分のレベルはそんなもんだから、ここまでしか努力できないから、ここまでやって、やれば、もうしょうがないと。
国分:どうなんですか? お芝居っていろんな種類あると思うんですけども、映像だったりあの、まぁ舞台だったりと。どちらがやっぱり緊張…が強いですか?
伊原:うーん……緊張…まぁそのケースバイケースなんですけど。今年はまぁ、自分の人生最大の緊張(笑)。
国分:えぇ!?
伊原:っていう経験を実はその、して。
国分:今年ですか?
伊原:はい。クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』という、初めてハリウッド映画に出て、オーディションを受けて。それで決まって、ハリウッドに行って。それで何緊張したって、まぁ下準備はしていったんですよ。その、息子さんと会ったりとか、えー、いろんな資料を読んだりとか。そういうふうに準備をしていって、自分の中ではまぁ同じようにしていって、ハリウッドに行ったんですけど。行ったら何が大きく違ったかって、現場でロケで。まぁロケ、ほとんどロケだったんですけど。テストが1回もないんですよ。
国分:テストがない。
伊原:ない。段取りだけタッタッタッて決めてって、それですぐカメラをまわすんです。
美輪:クリント・イーストウッドのやり方ってそうなのよ。
伊原:やり方なんです。で、4、5ページでも一気に撮っていく。
国分:えー!?
伊原:だから助走、まぁ日本でのやり方は助走をつけて役になっていくっていう、まぁパターンが多いけど、その時に役になってないとできないんですよね。だっから緊張して。渡辺謙さんと横で「ちょっと台詞合わせしよう」って、ふたりでやったりとか、まぁそういうので。
国分:はぁ〜。
伊原:行った時は待遇とか、「これがハリウッドか」ってすごくビックリした部分もあって、最初は驚いて
国分:え、どんなところですかそれは?
伊原:まず、車でお迎えが、黒塗りのハイヤーが来て、それで成田まで行って。で飛行機のファーストクラスで行って、で、ロス…。
国分:あ、日本で、もうハイヤーが来るわけですか。
伊原:そう、家に。
国分:うわー、すげえ!
伊原:それでロサンゼルスに着くと、ひとり1台ずつあの、リムジンが待ってて、それに乗ってホテルまで。それで現場に今度行くと、現場にはトレーラーハウスがひとり1台。
国分:ひとり1台!?
伊原:名前が書いてあって。
国分:あー!!
伊原:そんなの日本では考えられない。
国分:いやー! もう…。
美輪:それから、食事も全然違う。
伊原:食事も、ホテルで食べるような、もうとにかくあのー、何ですか? サラダコーナーがあったり。
国分:えー!?
伊原:もう何でも食べれる。
美輪:日本はロケ弁でしょう?
伊原:それは規模が。最初そういうのにビックリしてたんですけど。人間て不思議なもんで、慣れるんですよね(笑)。
美輪:江原:国分:(笑)。
伊原:最初はすごいと思ったけど、まあ、毎日行ってれば。
美輪:それが当たり前なのね。
伊原:ただその現場で、撮影のやり方っていうのはそういうんだったんで、まあ緊張しましたね、毎回。
国分:監督はどんな方ですか?
伊原:あのねえ…彼は今、確かもう76歳なんですけど。座らないです、ほとんど椅子に。
国分:あぁ、そうすか。
伊原:もう、ずーっと立って指示して。その姿がかぁっこいいんです。
国分:へぇ〜。
伊原:「こんなカッコいい年寄りは初めて見たな」っていうくらい。
美輪:だってすごい人よね。
伊原:身長は190くらいあるし。僕より高いですし。
美輪:だってマカロニ・ウエスタンのあたりから出てきてよ、それからありとあらゆることやっててね、それでとにかく監督賞ももらったり。とにかく、何から何まで全部できる人なのよね。
伊原:音楽も。
美輪:そう音楽も。ピアノ。
国分:え、そうなんすか!?
伊原:自分でつけたりとか。
美輪:本職並みだもの。ピアノ。
国分:へえー!!
美輪:本職並みで、自分で弾き語りして歌えるし。で、作曲もできるの。映画音楽も作れるの。なんでも全部できる人なの。んで政治の方も、そこそこにね、やってる人でしょう? すごい人よ。うん。だから、普通のそこいらへんの監督とはちょっと、違う。うん。これ(頭)もね、腕もね、感覚も。
国分:マイブームが英会話というようなのがありましたけども。
伊原:うんそうですね。それまで全っ然しゃべれなかったんですけども、いやまぁいい機会だし、まぁ少しでもやっぱりやろうと思って、まぁそれから少しずつ、はい。始めてるんですけど。
江原:伊原さんはその、なんていうんでしょう、マイブームとかね、英語とかっておっしゃられるけども、元々あんまりご自身では、あの、そういうことをおっしゃること自体、珍しいんじゃないですか? 要するに努力をするってことって、あまり人に見せたくありまでんでしょう。
伊原:あぁ、そうですね。言わないですね。あの、こっそりが好きです。
江原:こっそりですよね。
美輪:なんでもね。
伊原:さっきは答えないと……いけないかなって(笑)。まぁ今は、自分の中でマイブームっていうか……まぁ、まぁそうですね。
江原:だから一所懸命なんか自分を、ホントはものすごく努力家でいらっしゃるけど、一所懸命な自分を見せるのって、あの意味もわからず、なんか恥ずかしさがありますでしょう?
伊原:いや、そうですね。
国分:それは見ていてわかりましたか、なんか? 
江原:えぇ(笑)。
国分:あ、関係してるわけですか? 
美輪:そう。
国分:それは。前世さんか、守護霊さんか。

【子供の頃はどんな子?】
国分:小さい頃なりたかったのは、パイロットと、体育の先生。
伊原:そうですね。
国分:子供の頃はどんな?
伊原:えぇと……まぁすごく活発だったですけど、なんかそういう半面、大人の顔色をこう伺って、「何を考えているか」とか「どんな会話してるか」とか、なんか観察して、こう受け止めるような。まぁ両親……がちょっと仲悪かったんで、なんかあの察知すると「ちょっとダメだ、なんかこの場をおさえないと」とか。それで結構大人の顔色っていうか、うかがってたり。大体、なんか…んーまぁ、今あんまりないと思いますけど、貧乏が原因で(笑)喧嘩してましたからね。
国分:貧乏が原因で。
伊原:うん。
国分:大人の目を気にしながらっていうのは辛くなかったですか? 子供時代というのは。
伊原:いや、でもそれはどっかに意識があるだけで、普通に活発な、なんかヤンチャな子供でしたよ。もうホントによく喧嘩もして。なんかその、小学校の時は番長みたいな子がいて、塀の上にこうやってふんぞり返って、呼ばれて。何人か強いヤツが呼ばれて、「お前とお前やれ」見たいな感じで、後者の裏で順番にやってました、喧嘩を(笑)。
美輪:(笑)。
伊原:でも僕はね、あのー…ちょっと冷めてて。ある時あの、小学校4年生ぐらいの時に、えー、ふたつくらい上の、6年生の子をちょっと喧嘩でやっつけたことがあって。それから、なんか「伊原剛志はちょっと強い」みたいな。でも僕はあのー、もちろんその時、まぁその学年でも小さかったし細かったし。で、ずーっと毎日毎日喧嘩みたいなことをしてて、なんかその殴ってる時に「こうやって殴ってて、なんか死んじゃうんじゃないか」ってフッと思った時があって、喧嘩しなくなりましたね。
美輪:ブレーキ踏んだのね。
伊原:はい。
美輪:そこでね。
国分:それでもう喧嘩は一切…。
伊原:してない…。もう、自分がやられないと、人からなんか自分に向かってやってこないと、自分からはやらないようになりましたね。
国分:あの、両親が喧嘩してる時に、お母さんの方につくことが多かったんですか?
伊原:そうですね。母親は大好きでしたね。まぁ今年、亡くなったんですけども。えーと、うん……。すごくやっぱり母親のなんかこう、後ろ姿を見て育ったように思いますね。
美輪:大体子供はお母さんの側につきますよね。
伊原:そうですよね、大体ね。それで兄弟多かったんで、甘える時間がやっぱり、長男はないわけですよ。だから、その母親と時間を過ごすために、中学はえーと勉強して、受験勉強して、深夜になると母親が勤め先から帰ってきて、一緒になんかラーメン食べに行ったりとか、そういうふたりで過ごす時間がすごく楽しくて、一所懸命勉強してたとか。
国分:今はあの、お父さんですよね、伊原さんが。
伊原:そうです。僕は3人の息子の。
国分:どうですか、自分が両親に、自分が父親になったっていう部分でいうと?
伊原:あーー。そうですね。なんか自分も、まぁ母親と父親のこう、背中を見てやっぱり育ってきたんで。まぁ自分の背中とか、生きざまをどうやってこいつらに、まぁ男なんで、見せるかっていうことをいつも意識して考えてますね。で、まぁ上ふたりは一緒に住んでないんで。
国分:あぁそうすか。
伊原:前の女房と一緒に暮らしてるんで、特にやっぱりその気持ちが強くて。ええ。やっぱり、会う時間も限られてるし。だからそういう、やっぱり俺が、えー楽しく人生、イキイキとしてないと、子供たちはやっぱり…どう俺を見るんだろうっていう気持ちがすごくありますね。だから、仕事も遊びもとにかく思いっきりっていう。うん。
美輪:正解なのよ。あのね、学歴とかね、知識、教養とかね、財産ていうよりも、親が恥ずかしくない生きざまを見せることが、何よりも子供の教育になるの。うん。それだけですよ。
江原:ここ数年ですよね、でも。精神的に安定してきたって思えるのは。
伊原:そう…ですね。今…。
江原:ものすごくご自身…。
伊原:どっちかというと今安定してて。波がやっぱり激しいですよね。情緒不安定です。
美輪:(笑)。
江原:いや、自分で抑えられない波でしたでしょう。
美輪:んふふふ(笑)。
伊原:いやもう、これは…なんていうんですかね、「俺ってどういう性格だろう」っていうのはわからなくなるし。最近は…。
江原:いやもう、憑依体質の典型ですよ。
伊原:最近はでも、そういう自分がちょっと許せるようになって、「あ、だから役者やってるのかな」とかって…。
江原:いや許せるというかね、憑依体質が安定してきた。
国分:伊原:美輪:(笑)。
江原:必要な時に使う憑依体質になってきた。要するに芝居の時とか。
美輪:だから、霊媒さんじゃなくなってきたってことよ。
江原:あのほら、霊媒さんでもね、のべつまくなしの霊媒さんて、ちょっと使えないでしょう? あの、必要な時だけに使う霊媒さんならいいけど、日常からごはん食べてても霊媒してたら使えないじゃないですか。
美輪:だって、そこいら歩いてもね、幽霊ってウジャウジャいるわけじゃない。人間いるのと同じで。ね。それが入れ替わり立ち代わり入ってくるわけでしょう? 違う人格になるわけよ、次から次へと。忙しいわよ、疲れちゃうし。周りも疲れちゃうし。
国分:ということは昔、伊原さんはそういう感じだったと。
江原:いやね、いや、申し訳ないんですけどね、よくね、今日までご無事で生きてこられたなと思うんですよ。
美輪:ね。
江原:ものすごい波あるから、自分で自分の性格があの、わからなくなっちゃったり、自分の思いと行動が裏腹になっちゃったりとか。そういったことの、それがエスカレートすると、非常に危険なものがあるわけですよ。
国分:そんなに大変な時期があったと。
美輪:だから、役者に向いてるってこと。
国分:あ〜なるほど。
美輪:憑依体質だからね。
伊原:うん。昔やっぱり一回真剣にもう、死んでしまおうと思ったことが20代の時にあって。で結局、そっから立ち直ったのは仕事ですよね。仕事で少しずつやっぱり、なんか、そのスタッフとかやっぱり共演者に癒されて。なんか少しだけ、なんかちょっとずつ自分が許せるようになったとか。うん。
国分:死んでしまおうと思ったその原因ていうのは、何だったんですか?
伊原:そん時はね、わかんなかったんですけど、まぁのちのちやっぱり振り返って思うと、やっぱりなんか…すべていろんなことが許せなくなって。昔は割とこういう風に(狭く)なってたんですよ。で、いろんなことが許せなくて、いろんなことが許せないんだけど、結局最終的に自分が許せなくなってくる。それでどんどんどんどんはまっていって、もう、なんかそれの最高潮だったんですね。今は割とこうで(広く)、まぁ、状況によってはこうにも(狭く)なれるぞみたいなことを少しこう覚えた……。
国分:なんか変わったきっかけっていうのは、自分ではおわかりですか?
伊原:うーん……いや、わかんないですけど…。なんだろう、だんだん徐々に、ある時じゃなくて、徐々にだったんですけど。
国分:徐々に。
美輪:学びよ。学び。結局学んできて、それが、たとえばね、小学校、中学校、大学と行く。同じ国語でもレベルが上がっていくわけじゃない。でそうすると、初め、文字を読むのが精一杯じゃない? 意味なんてわかりゃしない。でそれから、ずーっとアレしちゃって、万葉であるとか難しい文学、文芸賞を読むのを理解していくじゃない。だから学んでいくとそれが高度になっていって、人生の、たましいの、その学びがね、だんだん進化してるわけよ。
国分:うーん……。さぁ、ではオーラのカルテを作っていきたいと思います。

【伊原剛志 オーラのカルテ】
江原:あのね、まずオーラのことを申し上げますけどね、非常に極端なんですよ。
美輪:(笑)。
江原:でいてね、ちょっとこういう方のオーラって珍しいなと思うんですけど。とにかくオーラなんて単調じゃないですよ。みんなそれぞれいろんな色を持ってます。その中で一番強いのがね、ブルーなんですよ。でいてね、ブルーの色が色濃く出ちゃってて。でそれでいてね、赤もあって、えー、金もあるんですね。
国分:金も。
江原:うん。だからちょっと、この世的な人じゃないんですよ。考えてることが。
伊原:美輪:(笑)。
江原:はっきりいって、常識外での事柄。だから、人が「伊原さんこう思ってるんでしょう?」なんていうのは、きっと想像つかないようなことです。ええ。要するに、伊原さんが言うことも「何言ってるかわからない」ってなるくらい、まったく世界が違う。その…その、思考するね、次元が違うんですよ。だからそういった意味では。あとね、憑依体質だからコロコロ変わっちゃうしね。
伊原:(笑)。
江原:あの、考え方も。
伊原:(笑)。
江原:うん。だから、昨日と今日で違うこと言うから、みんなビックリするような感じで「ついていけない」ってなっちゃったり。
国分:回りの方が。
江原:だからね、伊原さんと親しくするお友達は、ホントに忍耐強いと思うんですね。
美輪:伊原:(笑)。
江原:それか、慣れきって、話半分に全部フーンって流しちゃうか。全部(笑)。
国分:どうですか、心当たりは?
伊原:いや、よく言われますよ(笑)。で、あと、今の女房と出会った時に、女房がよく最初言ってました。「今日は…どんな人?」って。
美輪:江原:国分:(爆笑)。
国分:奥さんが(笑)。「今日はどんな人?」と(笑)。
伊原:そんなん俺に聞いたってわからん(笑)。
江原:だから、この色合いというのは、まぁはっきりいって、人格がすごく中でバラバラですね。だから、魅力的というかも知れません。
美輪:魅力的だけどね(笑)。まぁ、一般に普通に生活してる人、ましてね、小さい頃や小学校、中学校の時の友達というのは、そこまで人を観察したり理解するという、その許容量ないから。やっぱりすごく評判悪かったと思いますよ。
伊原:よく「台風だ」って言われましたね。
美輪:(笑)。そうでしょう(笑)。
国分:「台風」。
伊原:「お前台風みたいだ」って。
美輪:(笑)。
伊原:ブワーって荒らすだけ台風で巻き込んで、去っていく(笑)。よく…。
美輪:だからね、評判悪かったと思う。理解できないから。
江原:(頷く)
美輪:だからそれがわかってる人にはね、それはまたそれで愛しいじゃない。おたくの今の奥さんみたいにね、「今日はどんな人?」って言って、全部わかってて質問ができるわけだから。そういう人ばかりはいませんからね。
江原:ていうか、稀ですよね。
美輪:稀よ(笑)。
江原:ここ数年よりも前に『オーラの泉』があったらば、お出にならなかったかも。どうですか?
伊原:うん……たぶん出なかった。
江原:だから器がすごく大きくなられて。だからそういった意味で、こういう番組とかも出て、「いろいろ話しようかな」なんていうような余裕。さっきご自身がおっしゃったけど、受け入れることができる。それまでは「人の話なんか聞いてられっか」と。あと、「人になんか答えてやるもんか」みたいなところがすごくあったりね。それは意地悪ということじゃなくて、自分の世界でこう、生きてきた。
美輪:そう。でもね、あの、あたくしがあのほら、『真夜中のパーティ』でね、あなたがこうやって贈り物で出てらしたときに、あの時はスッと素直でしたね。
伊原:いや、ムチャクチャ素直でした。
美輪:あの、疑心暗鬼で「人は信じない、社会も信じない、みんなクソッタレだ」みたいなね、そういうのが前後にあったけど。あの時はね、必死で何かね、そっちに進もうとしている、ひたむきで純粋で、もっとピュアでね、全部取り入れて咀嚼してやろうとする、すごくそういうものがおありになったわね、あの時。
伊原:そうですね。ちょうどあの、東京出てきて1年。で、19で。えーと、始めて舞台でそのオーディション受けて受かって、「役者の仕事ってこんなふうにするんだ!」と思って、すっごくだから、楽しかったんですよね。そこの、台詞はもう殆どないんですけど、舞台にずっといるんですよ。見てるんです。
美輪:そうそうそう。
伊原:そういう役なんですよ。だからみんなが芝居するのを「役者ってこういうふうにするんだ」っていうのがすごくあって。
美輪:だからそれでね、すごい印象に残ってたのよ。とぉってもね、そん時はね今の江原さんのね、あの、前後にあったんだけど、その時はピュアだったの。まったく違う人ね、あれは。
伊原:あの、なーんていうんですかね、自分がいろんなことを吸収して、もちろん嫌なこともあるけど、吸収して、そっからどういうふうに自分が変わっていくのかとかどういう反応をするのかとか。そういう自分が…楽しみだったりもするし。まぁ結局、自分が…一番可愛い(笑)。自分が好きなのかな。女房によく「あなたは、あなたが好きなのは自分でしょ」とかって。
美輪:(笑)。
伊原:よく言われますけど(笑)。いや、やっぱりそうなのかなって思いますね。はい。
江原:でもそれはね、美輪さんおっしゃった“ピュアな部分”ていうのが、私は伊原さんの本質だと思いますけどね、そっちの方が。うん。今まではだから、憑依体質だから(笑)。あとちょっと過去世のこともあってね。だから、そういった癖が出るっていうのはあるんですけど、そのピュアな部分ていうのは本質だと思うし、だけれども自分が好き……まぁ、みんな誰しもある意味自分が好きなんだけれども、だからそういった意味で、自分が好きっていうのはすごく利己主義なね、そういった意味では利己主義な自分が好きっていうのと伊原さんのはちょっと違うと思いますよ。で、なぜかというと、亡くなったお母様にしてもそうだけれども、『お守りしてもらった』っておっしゃるから。伊原さんに。だから逆に…。
美輪:今いらしてるのね。
江原:そうなんです。『逆に、子供にお守りしてもらったような親だから』って言い方をするんですよね。だから、実はその、『親子逆さっていうところがあって』って言って、『自分のことは“しょうがないや”って捨てたんでしょうね』っていう言い方をするんですよ。自分のことは、自分のこと考えてたらしょうがないから捨てちゃって、それでいてその場がうまくおさまったり、まあとにかく自分が我慢すればいいやって、そんなあの、ものすごく綺麗な言い方じゃないけれども、要するにそういうふうに割り切って、こうやってきたんだろうというようなこともおっしゃられたんでね。それでいて、実は前世のことがありましてね。伊原さんの前世ってねえ、あの、ぜんぜん国が違うんですよ。あのねえ、ヨーロッパなの。
国分:へえ〜。
伊原:あぁ、そうなんすか。
江原:それでいてね、美輪さんはイタリア人ておっしゃるけれども、私ね、イタリアの人じゃなかったように思うんですよ。イタリアに行った人。
美輪:行った人。そうそうそう。
江原:で、イタリアの隣国でおうちね、商人、あ、男の人なんですけどね、ごめんなさい。でね、隣国で生まれて、家、商人でね。でちょっと成功した商売、うちなんですよ。で、成功したのをいいことに、移っちゃったんですよ。あの、イタリアのほうに。だからまあ、イタリアは栄えてたからでしょうね。
美輪:だってあの頃はもう、ヨーロッパ一の都だったんですものね。
江原:ですよねえ。そこでね先ほどの、実はマイブーム、英語ってあるじゃないですか。でも、ごめんなさい言葉悪いんだけど、前世のことからいうとマイブームっていうより、言葉って絶対大事だとかね、言葉への危機感とか、あとは違和感も含めて「言葉なんとかしなくちゃ」っていうところはあるんじゃないですか?
伊原:そうですね。あのー、昔っからですけど、やっぱりまぁ英語をもし話すことができれば、えー、まぁ世界。
江原:広がる。
伊原:広がるじゃないですか。それもすごくありました。
江原:ねえ。ていうかなぜかというと、前世で言葉で苦労したんですよ。あの、移ってますでしょう? 移民ていうか、こうね、イタリアというところに行って。商人で。だから、言語が違うんですよ。だからね、それこそどこなのかな、スイスのほうかトルコのほうなのか。移っていってる。で、だからコミュニケーションでものすごく苦労したんですよ。
伊原:ふぅーん……。
江原:まあおうちはね、商売やってて成功してよかったんだけど、向こう行った途端に、思うように行かなかったんですよ。だから、元々自分のところで、商売上手くやってて、それで要するに手を広げなければ…それはよくこの世でも今の現世でもあることだけど。その、手を伸ばして失敗しちゃうっていうことの典型みたいなね。で、ものすごいその時からただ共通してるのは、芸術的なやっぱりセンスがあるんですよ、だから商売向きじゃなかったんですよ。元は。だからあの、絵を描くとか、実はその当時も「芝居」とか言ってたんですよ。だけれども、かといってどれもどこつかず、どれも何にもならずに。で、あの、やっぱり自虐的。で、それこそ…もう、ハチャメチャに飲んだくれてはなんだの、人を傷つけてっていうふうになっちゃう、どうしても。振り回しちゃうからね。でいて、泣いたのは、いっちばん泣いたのはそのうちのお母さんなんですよね。で、うーんと……………実はね、さっき言ったけど、まぁ所詮前世のことですから。いろんなことありますからね、気になさらないでいただきたいんですけど、さっきね、実は言ったことは、前世からのことなんですよ。その時に実は1回、人を殺めちゃってる。
伊原:うーん。
江原:で、それが実はものすごく本人の生き方に影響しちゃってる。で、どうして殺めちゃったかっていうと、なんてこともないんですよ。ただの喧嘩なの。ただの喧嘩。うん。酒場での。で、それで「お前、どこどこんちのアレだろ」って言った時に、ほら、最初に言ったように、実はね、何年か経ってもホントに言語に苦労したんですよ、言葉に。それでいてほら、どうしても国訛りが出ますでしょう? 言葉に。そういうのでまたこう、言われたりからかわれたりっていうことがあって。喧嘩になると、人間ていうのは喧嘩になると、思いっきり言いたいでしょう? その、思いっきり言えないストレス。
伊原:(笑)。
美輪:んふふ…。
江原:そうすると、通じない。
美輪:悪口も言えないわね。
伊原:最近でもアメリカにまぁ、休みがあるとすぐ行ったりするんですけど、で、向こうで学校入ったりとかしてるんですけど、やっぱりさっき言ったように感じる、言葉の…もう、ありますよね。ホントに「なんでこういう奴らがペラペラしゃべれてるのに」。
美輪:(笑)。
伊原:「俺はしゃべれない、言い返せないのかな」とかね。
江原:それでいてただ、決闘っていうか喧嘩したっていうやつは、あのー、ま、ちょっと捕まった時期あるんだけれども、でも結局は保釈されてるんですよね。だけれども、そのことはものすごく本人の中では、もう反省というか、もう人生の自分の汚点て思って、ガラッと性格そこで変わっちゃって。逆に今度は、あまり人と関わるってことはしなくなっちゃったっていう人生でね。
国分:あぁ〜。チェックの中でもその、「怖いのは人間」ていう部分、おっしゃってましたけども。
伊原:やっぱりそうだなあと思うんですけどね。
江原:だからそういった意味ではね、生まれた時からね、過去のそういういろんなことを自分で覚えているわけではないんだけれども、感覚を引きずってた部分がおありになるんじゃないかと。だから結局は、そういう喧嘩ひとつでも、「いや、これはもういけない」とか、自分の中でどっか歯止めかかる自分があるのは、その過去世から来てることなんじゃないかというふうに思うんですね。だけれどもあの、結婚て形はしなかったんですけどね、ずーっと最後まで添い遂げてくれたというか、ずーっと面倒見てくれた女性がいるんですよ、その過去世に。うん。それが今の奥さんですよ。
伊原:ふぅ〜ん………いやもう、まあ……今…なんていうんですかね、ホントに「こんなヤツいない」と思いますね。
江原:今の奥さんで人生変わったと思う。
伊原:そうですね…僕がもう、1回失敗したときに「二度と結婚なんかするもんか」と思ってましたから。で、今の女房に2回プロポーズされて、2回断ってますし。
国分:へぇ〜。
江原:ずーっとその前世からそうだけど、ずっと何にも、求めず。あの、アレですよ。支えてくれたんですよ。
美輪:素敵ね。無償の愛じゃない。そんな人いませんよ滅多に。
伊原:(笑)。大事にします。
江原:受け入れてくると、ご自身の人生が変わるんですよ。変わっていくの。
美輪:だって信じられる人間がいるんですもの。誰も信じられないわけでしょう?「あいつもクソだ、こいつもクソだ、世の中みんなクソだ、社会もクソだ、みんな信用なんかならねえ」って思ってるのが、「何されててもいいわよ」って与えるだけでね、ブワーっと包んでくれる。で、自分の欠点も何もかも、全部、腸までさらけ出しても全部受け入れてくれる人っていうのは、裏切りも何もひっくるめて受け入れてくれるって人は、そうは、一生に何人も出てきませんよ。
国分:いやー、出てこないですよねえ。
美輪:だからそういう人が出てきたってことは、「あ、信じられる人間もこの世の中にいるんだな」っていうことなのよね。
伊原:なるほど。
江原:だからそうでないとね、たとえば結婚してもね、お子さんまで持とうと思いませんよ。
伊原:うん……。
江原:でも今ね、すごく自然に受け入れている。だから人っていうのは、ホントたったひとりでいい。ホントにこう、愛してくれる人がいると、人生っていうのはまるで変わってしまうものなんですね。
美輪:だって、その人が百人分になるのよ。だからその奥さんね、「信じられる人がこの世にいるんだな」って思ったら、その奥さんが、お父さんでありお母さんであり妹でありね、恋人でもあり妻でもある。いろんな役の何人分か何十人分を、ひとりで全部フワーって供給できるから。あと要らないじゃない。うん。
国分:2度、そのプロポーズを断って、「よし、じゃあ結婚しようか」って思ったきっかけっていうのは、何だったんですか?
伊原:そうですねえ……うーん、「なんで嫌なの、結婚て?」ていう話をした時に、僕が「もうとにかく束縛されるのも嫌だし、自由に生きたいし、俺は気ままに、とにかく家があっても帰りたくない時は帰らないし」とかいろんな話をして。そしたら「全部それでいいじゃん」。
国分:ほぉ〜。
伊原:で、まあホントに、だから自分で考えて言った時に、自分で真剣に考えたんですよ。で、女房に言った時に、まあその話をする前にね。あのー、プロポーズされて、それで、「俺ホントに真剣に考えたけど、今日結婚するから、明日離婚してくれ」って(笑)最初言ったんです。
国分:はい!
伊原:ホントに今の素直な気持ち。「なんであたしの戸籍にそんな傷をつけるようなことをしなきゃいけないの」って言って(笑)。「何が嫌なの」って話で、いろんな細かい話をして。それで、「じゃあ、やってみようかな」みたいな(笑)感じですかね。
国分:はぁ〜。なるほど。
江原:あのね、全然話違うんですけどね、絵と、今でいう書道。書。うん。そういったものはお好きですか?
伊原:実はねぇ、誰にも言ってないんですけど(笑)、今年から書道始めたんです。

江原:ああ…やっぱりね。あのね、それは前世とちがくてね、守護霊さん。が、あのねえ、昔のねえ、中国の雰囲気のねえ、あのねえ、書道家? っていうか、書家っていうかな。そういう人がいるんですよ。
国分:なぜ始めようと思ったんですか?
伊原:あのねえ、字が自分では…汚いと思ってて。それで、今年なんか、まぁ毎年「書道始めようかな」と思ってたんですけど、たまたま知り合いで、そういう先生がいて。それで、まぁ自分の空いた時間で気軽にっていうことで「じゃあやってみようかな」と思って。まぁパソコンもやるんだけど、やっぱり手紙を、ちゃんと書きたいって思って。それでまぁポツポツ、マイペースで始めて。でもその2時間なら2時間すっごい集中できて、気持ちよくて、「なんて字を書くことって気持ちいいんだろう」って、好きな字を選んでただ書くんですけど。
美輪:じゃあ、ご守護霊がそうなのね。
国分:楽しいんですか? 2時間やってたら。
伊原:集中。何にも考えないで何回も何回も。なんか「ちょっと違うな」とか「あ、こんなところでここで力入れたらこんなふうに字がなるんだ」とか。
江原:でもね、なんで今になってね、書にね、目覚めたと思います?
伊原:?
江原:それは字を書きたいということもあるんですけどね、実はちょっとそのね、謎を解き明かすとね、まぁもちろん、その他の理由もいっぱいあるんだけれども、あの、この方自身が、その憑いてる方自体が、あのね、のちにね、目を患ったんです。目を患ったの。で、伊原さん自身が、ここのところ目があまりよろしくなくなってきてるんです、霞むとか。で、それがね、書を書くことで、なんていうんでしょう。癒されるんですって。だからそれは、万人に通じることじゃないんじゃないかと思うんです。
伊原:全然違うかもわからないですけど、この間『硫黄島からの手紙』って僕やった役、目つぶれちゃうんですよ。
美輪:うん。
伊原:そういう役だったんです。
美輪:故なくしてやるわけじゃないのね、じゃあ。
江原:メッセージがそこにあるんですね。
美輪:その方最後、信仰に芽生えたっていう。
伊原:そう! 僧侶になった。そう。
美輪:最後に。
江原:その、書く人が。ええ。
国分:あの、お母さんも今いるんですか?
江原:(咳をする)ごめんなさい。そう、先ほどからね、チラッチラッとこう出てきてね、メッセージをおっしゃって、その「精神的には苦労かけさせたんです」って。だからあの、この子自体が悪いなんてことなくて、いつもいつも親孝行な子で、んー、だからそれが親のね、先に生まれた側のほうの未熟さで、「いっぱい振り回してきちゃったから」っていう言い方なんですよね。
伊原:生きてる時もあの、よく謝ってました。悪かったとか。僕は母親にひどいことを言ったこともあるんですよ「お前なんか親じゃない、出て行け」って言葉も言ったこともあるんですよ。まぁ、それはのちのち笑い話で、よく言われてましたけど。
江原:いやただねえ、先ほどもおっしゃってたけど、いっこだけ言ってるのはね、ほんっとにね、あの…お金の苦労っていうのが一番でね、お金の苦労はね、人の心をね、やっぱり…時に…あのーなんていうんでしょうねえ、迷わすっていうかね。うん。っていうことをものすごく、この人生では経験したって、ものすごくおっしゃるんですよ。ご本人が。
伊原:あ、うちの母がですか?
江原:そうです。
伊原:はぁ〜。それはそうだと思いますねえ。
美輪:反面教師でね。それで伊原さんは、すーごい経済的にはしっかりしてらっしゃるから。経済観念がね。
伊原:まぁ、絶対にその、ちっちゃい時に「何になりたい」っていった時に、『パイロット』ってあったんですけど、ある時、『自分が思うことができるような経済力を持ちたい』って書いたことがあるんです(笑)。小学校くらいの時に。
国分:すごい! 他に聞きたいことはありますか?
伊原:いや、今あの、ずーっとね、母親が亡くなってから、夢一度も見てないんですよ。5人兄弟一番下の妹はしょっちゅう見るっていうんですよ。ニューヨークに住んでるんですけど。母親がずっと生きてる時に「心配だ、心配だ」ってその妹のことを言ってて。それで「だからか」と。「俺のことは心配じゃないのか? でも夢でももう一回会いたいな」と思ってね。
江原:なんで夢出れないかっていうと、ふたつ理由がある。ふたつ。ひとつはね、怖いから。
伊原:怖い?
江原:伊原さんが怖いから。
美輪:アハハハハ(笑)。
伊原:(笑)。
江原:あとふたつめ。ちゃんとした時間にちゃんと寝てくれてないから。
伊原:アハハハハハ(笑)!
江原:出るに出れない。
美輪:出るに出れないって面白い(笑)。
伊原:それはそうですね(笑)。
国分:ちゃんとした時間に寝てないですか?
伊原:ちゃんとした時間ていうのは何時かちょっとわからないけど。不規則は不規則ですね。
国分:でも夢でも会いたいっていうのはあるんですか?
伊原:そうですねえ。身内で亡くなったのは初めてだったし、63だったんでまだまだ若かったんで。で、ガンで、最後やっぱり結構苦しんで亡くなったんで。
江原:(手を振る)でもね、全然苦しくないって言ってますよ。
伊原:あ、ホントですか?
江原:『最期のこと、すごく気にしてる』って言うんですよ、ご本人もね。だけど自分は全然苦しんでないって。
伊原:あ、ホントですか…へぇ〜。
江原:そう。だからね、苦しいよりも、あれこれ自分がね「もうダメだな」って自分でやっぱり思ったんですって。いろんなこと心配して。それから具合悪くなっちゃったらしいの。
伊原:ああ〜でもね、ホントああいうのって不思議なんですよね。あの、たまたま僕撮影休みになって、このテレビ朝日でドラマを撮ってて、たまたま雨かなんかで休みになって、次の日休みになったからすぐに病院に、大阪に戻って行ったんですよ。でその時兄弟5人揃って、母は前の前の日から危篤だったんですね。5人が揃ったらパッと起きて、「私がお腹を痛めた子供集まりなさい」とかって。
美輪:(笑)。
伊原:も〜うホントに。それで、「あれはこうしてこうして。で、こうしてこうして」って全部言って。それで、そのあとまた危篤で。
国分:うわー。
伊原:ビックリしましたね。
江原:だから本人はね、苦しいっていうよりもね、心配ってなっちゃうとね、そうやってワーワーワーワーって始まっちゃったりしてね。そういうほうが具合悪くなっちゃうらしいの。心配で。
美輪:でも、素晴らしい愛情がたっぷりな方だったのね。
伊原:そうですねえ。ええ。

国分:さあ伊原さん。おふたりと話してみて、どうでした?
伊原:んー、そうですねえ。改めて自分のことが少し、わかったっていうか。
国分:はぁはぁはぁ。
伊原:あの…いや、心地よかったですよね。その書道のこともそうですし。母親がそういうふうに思ってるんだなっていうのはなんか…いやホント、ありがたかったし。その言葉を聞けてまぁ、うれしかったですね。
国分:うーん……。先ほども何回かお話になりまいた、映画が。
伊原:えー、『硫黄島からの手紙』。
国分:はい。後輩の、「嵐」の二宮も出ていて。僕より先に、ハリウッドに進出してしまったっていう(笑)。
伊原:(笑)。
国分:衝撃的なことがあったんですけれども。
伊原:はい(笑)。
国分:僕もいつかリムジンに乗りたいなと。
伊原:あの、電話して予約しといたほうがいいですよ(笑)。
国分:そういうことじゃないんです、僕の場合。役者として行きたいんで(笑)。

posted by 大介 at 07:58| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。