2006年12月25日

2005年12月7日分 ゲスト:中島啓江

国分:さあ、今回もですね、おふたりにとても会いたがっている方が、この番組に来てくれました。
美輪:まあ気の毒に(笑)。
国分:江原:(笑)。
国分:でも、多いじゃないですか。「この番組が好きでした」とか。先ほど僕もちょっとお会いしましたけれども、「喉が渇いてしょうがない」って言ってましたから(笑)。相当緊張なされているんじゃないかなと思いますね。
美輪:それは、江原さんに対してよ。
江原:ええ!?
国分:喉が渇いてるっていうのは、何かやっぱり意味があるんですか?
江原:いや、私も喉渇きますよいつも。収録の時。ですからそれはもう、美輪さんのパワーですよ。
美輪:うんそれはねえ、国分くんの前に行くとねえ、やっぱり緊張するのよ(笑)。
江原:(笑)。
国分:あ、僕原因ですか。
美輪:そうなの(笑)。
国分:なんとなく、うすうすそれも感づいてましたけれども(笑)。
美輪:江原:(笑)。
国分:さあ、そんなゲストの方にですね、メッセージをいただいております。『美輪さんのコンサートに行くといつもエネルギーをもらっている私ですが、今回もどうぞ私に元気を与えてください』と。
美輪:いやいや、私のほうが与えられるくらい。こないだもコンサート来てくださってね。私が大好きな人なの。本物ですよ。
国分:なんとなくなんですけれども…まぁ、あの方も相当霊的なものを、僕は、持ってるのかなと。
美輪:そうでございますか。
国分:はい。もし間違えてたらすぐに言ってください。
美輪:江原:(笑)。

ナレーション:1957年、鹿児島県生まれ
決して豊かではなかったが
母の愛情をたっぷり受けて育った彼女
オペラ歌手・中島啓江
江原:今までの『オーラの泉』とは今日はもう全然違うんですね。
美輪:まるで今までに見たことのないオーラの色よ。
ナレーション:母の臨終の時、たましいに届いた奇跡の歌声
あなたの心に愛を届ける60分

ナレーション:国分太一・美輪明宏・江原啓之 『オーラの泉』
ナレーション:中島啓江さん、オーラの泉へようこそ。
中島:ありがとうございます。
ナレーション:それではこれからスピリチュアル・チェックを始めます。
中島:はい。
国分:(笑)。緊張してますね。
江原:緊張のオーラになっちゃってる(笑)。
ナレーション:小さい頃、なりたかった職業は何ですか?
中島:あ、花屋さんになりたかったです。お花屋さんに。
ナレーション:好きな色は何色ですか?
中島:そうですね、あの、幼い頃の、ホントに家の周りにあったタンポポの色が大好きで。黄色が大好きです。
国分:黄色…。
ナレーション:あなたが一番好きな言葉を教えてください。
中島:はい。「ありがとう」っていう言葉です。
ナレーション:なにか、不思議な体験をしたことはありますか?
中島:あ、今日はですね、それはもう絶対お伺いしたかったんですけど、幼稚園の頃ですね、バスから降りて車の影に車がいて、はねられまして。でも私は無傷で、全部検査してもどこも、もうすり傷のひとつもできてなくて。なんていうか、地面に叩きつけられた私を見て、みんなは「即死だったかもしれない」って言ってるくらい、大変な事故だったようです。(今は)元気です。
ナレーション:あなたの一番大切な曲は何ですか?
中島:ああ…もう…私があの、歌わせていただけることはすべてもう感謝なんですけど、あの、母の大好きだった『アメイジング・グレイス』です。
国分:うーん…。
ナレーション:もし、ひとつだけ願いが叶うとしたら、何を願いますか?
中島:あぁもう、お母さん…! もう一回、一緒に暮らしたいです。生き返ってほしいです。

国分:さあ中島さん、どうぞこちらの方へ。
美輪:どうも。ふふふ。
中島:緊張しますね。
国分:よろしくお願いします。
中島:これ大丈夫かな。あぁ震えてる。どうしよう。
国分:もう…後ろから見てもわかったんですけど、相当緊張してました今日は?
中島:背びれが…揺れてました。
美輪:(笑)。
国分:もうね、ガチガチになって。
江原:もうオーラがね、すごい緊張のオーラになっちゃってて。気の毒なくらい。
国分:あの、美輪さんとはもう、何度かお会いというか…?
美輪:ええ。こないだもね、コンサートに来ていただいて。
国分:はい。
中島:いつも私は、パルコ劇場で聴いてる時も、大好きな美輪さんのこともそうだし、今までこう私、歌ってきたことは間違いじゃなかったんだって。コンサートでいつも元気をいただくというのはそういうことなんですよ。元気というか、エネルギーというか。パルコ劇場の椅子、私じゃ狭いんで、お尻が痛かったんですけど。
美輪:(笑)。そう言っときます(笑)。
中島:それが全然ね、そのほら、普段ね、痛くて辛くて絶対イヤなのに。私がなんでリラックスして、こうやってずーっといられるのかって。きれ〜いな透き通った空気の中で、広い平原でね、美輪さんの歌を聴いているような気持ちでいるんですよね。
江原:江原さんとは。
中島:初めましてなんです。
江原:初めまして。楽しみにしておりました。
中島:私の大好きな漢字の、自分の名前で申し訳ないんですけど。啓江のそれが、そのまま江原さんのお名前に入ってるんで。
国分:啓江の。
中島:江原さんの(江原)が、啓江の「江」なので。
国分:この名前「啓江」って、珍しい名前ですよね。
中島:でも、本名ですので。
国分:あ、そうですか。
中島:読んでいただけなくても大切な名前なので、変えるつもりはありませんでしたので。ずっとこれで来てる。
国分:どんな意味っていうか…。
中島:ええ。これは“広い入り江の子供”ということで。揚子江(チベット高原から東シナ海に至る中国の大河。全長6380m)。あの大きな大陸にいろんな川があって、その川を人とたとえたら、ホントに小さい川、大きな川、横に広い川、細くてホントにいつかは干からびそうな川、いつか雨が降ってちゃんと川になるんだから、人間も同じ。ホントにそういう人、たくさんいる。誰かがなにか注いであげれば、また生き返る人もいるしって。だからそういう、注いで上げられる、その広い入り江にこうやってある揚子江のように、大海原に出る前に少しワンクッションおかせてあげるような、そういう人間になってほしいという母の願いでいただきました。
国分:はぁ〜。すごい名前。ほんとに深い。
江原:ただ、今までの『オーラの泉』とは、今日はもう全然違うんですよね。
美輪:楽よね。
江原:楽だしもうね。
美輪:(笑)。
江原:全っ然波動が違うし、もう、心に立ち込めたエナジーが最初から違うんです。もう愛いっぱいなんです。もうホントに、中島さんのお母さんもいらっしゃってるけれどもそれだけじゃなくて、中島さんの中にいっぱい愛が詰まってるの。
国分:中島さんの中に。
江原:こんなに無駄なく愛がぎっちりつまってる人、私は初めて見ました。
国分:はぁ〜。
江原:ええ。この空間…の中にある今のね、エネルギーがね、どれ〜だけ心地よいか。世界がこういうエネルギーだったら、どんだけ世の中が違うだろうか。
美輪:オーラの色も、まるで今までに見たことのないようなオーラの色よ。
江原:ほんっとに。ほんっとに、オーラのこと言っちゃっていいですか? ほんっとにね、美輪さんの衣装じゃないけど、もう紫が。
美輪:紫だらけで。ウワーッと、すごいわね。
江原:すっごい!
美輪:分量が。
江原:全部が。実際(照明の)明かりが紫入ってるけど、この中ぜ〜んぶが、紫の中に入っちゃってる。私たちがオーラの中にすっぽり入っちゃってる。
国分:はぁ〜。
江原:入っちゃってる。
美輪:紫というのは観世音菩薩の、慈悲の色なんです。慈愛の色ね。そう。
国分:ちょっとチェックがしづらいですけど、させていただいてもよろしいですか?

【お花屋さんに憧れた】
国分:小さい頃になりたかったのが、お花屋さん。
中島:お花屋さん。あの…私、人が微笑んでる顔とか見るの大好きで。あの「いらっしゃいませ」ってすごい素敵な。で、花を大事そうにまた扱って、でもあれも大変なお仕事ですよね。冷たいお水触らなきゃいけないし。でもね、ニコニコしながら花をね、話聞きながらニコニコして、包んで「包みました」っていって、「はいどうぞ」、って渡すときの顔、もらうときのあの笑顔が、あんまり素敵で。「ああ、こういうお仕事があるんだ」って。小さい時。
国分:小さい頃に。
中島:思ってましてね。実は途中から変わっちゃったんですよ。あの、私の世代ですと、“うたのおねえさん”て真理ヨシコさん(1938〜。“うたのおねえさん”としてデビューした童謡歌手。「おかあさんといっしょ」に15年間レギュラー出演)なんですけど、小学校に楽団を連れていらっしゃったんですね。で、歌を歌って、綺麗なドレス着て、童謡をたくさん歌われて。で、終わってから、児童の代表がお花を持っていきますよね。児童は緊張してますから、こう持っていきますけど、もう、真理さんが素敵な笑顔でね、「ありがとう」って。もらったあとに、歌ってくださったんですよ。まあ、今は自分がコンサートをやってるから、あれはリクエスト曲で、アンコール曲を決めてらしたってわかりますけど(笑)。あの時は「ええ! お花でまた歌ってくれた」って素直に思って、その時に「うわー、素敵」と思って、「こういうお仕事もあるんだ」って思っちゃって。そのうち…この道に来ちゃいました。
国分:好きなお花っていうのは、どんなお花なんですか?
中島:あのねえ、タンポポとか菜の花とか…なんかあの、小〜さいのがいっぱい集まってるのが…ちょっとさびしんぼなんで、そういうのを見るとすごく好き。でもね、タンポポが妙に好きなんですよ、なんか(笑)。
国分:ほぉ〜。好きな色が黄色っていうのも、タンポポが好きなところから。
中島:そうですね。あと大人になってから、風水で黄色ってすごくいいって(笑)聞くと。やっぱりでも、黄色のバラはジェラシーがあるっていうけど、でもそれいうと可愛そうだなって。
美輪:そんなことない。
中島:大丈夫なんですよね?
美輪:それは勝手にね。伝説で、勝手にくっつけちゃった。物語くっつけちゃった。花にしてもいい迷惑ですよ。
中島:そうですよね。かわいそうですよね。
江原:私も黄色好きなんですよ。だから部屋とかね、よく黄色アレして。黄色って、色の力が“朗らか、ひょうきん”だから、やっぱり楽しくなるんですよ。黄色って。
美輪:ねえ。ジョイフルでいいですよ。私も、黄色のバラにはものすごい思い出がいっぱいあるの。
中島:あら。
国分:思い出があるんですか?
美輪:そう。いっぱいあるの。話せば減るから話さないけど(笑)。

【事故で無傷だった】
国分:不思議な体験、幼稚園の頃の。
中島:それをぜひとも。もうホントにね、子供はタダのいたずらででしょうね。バスからバーっと渡って、私はドンくさかったんで最後にゆっくりと降りて。でも母からもね、「絶対に気をつけなさい」っていつも言われてますから、気をつけてたんですけど、「大丈夫大丈夫、啓江ちゃん大丈夫」っていわれて、私はもうすぐ信じる方なんで「ハーイ」って走っていっちゃったら、そのバスの影から車が来て、こんな感じで。見物人がいっぱいいたんでみんなが証人なんですけど、あんだけ跳ね飛ばされたら絶対に死んでるはずだっていうのが。なのに、無傷。
美輪:だって、フワッと受け止められちゃったからね。
中島:やっぱりそうですよね。
美輪:そうそう。
中島:あのね、その時の記憶ってほとんど、「おじちゃんありがとう」って言った記憶しかないんですよ。なんか、どなたかがね、私を抱いてキャッチしてくれたみたいな。
国分:誰ですか?
中島:誰も、「そんな人いなかったよ」って言われたんで…。
国分:どんなおじちゃんだかって。
中島:わかんないんです。ただ、とても柔らかかったことは覚えています。
江原:柔らかかったけれども、大きい手っていう。
中島:おっきい人でしたね…。
江原:ね。あの…それはね、実際の霊。
国分:霊。
江原:霊。霊によって助けられてて。
国分:守護霊さんとかじゃなく。
江原:じゃない。じゃない。それをおっしゃってるのは、こういうふうに言ってるんですよ。お母さん自身がね、あのね、その時はお母さんはもちろんわかりませんよ。今になってわかるのは、お母さんの家系のね、縁の薄かった父方のほうのおじいさんなんだって言い方をするんですよ。
中島:はぁ〜。
江原:それでいてね、その人が助けてくれたんだってことは今になってわかるっていう、言い方をなさってるの。そのお母さんの父方のほうの家系っていうのはね、あまり会えなかったっていうか、接点がなかったっていうことがあって、だからピンと来なかったらしいんです。けれどもおじいさんなんだって。お母さんにとってのね、おじいさんなんだっていう言い方をするんですよ。その人が助けてくださったっていうことなんです。
美輪:ありがたいわね。
中島:ありがたいです。でもホント、あの時にああいうことがあったことが、私は絶対に死んではいけない人間だから。
江原:そう。
中島:絶対に悪いことはできない、自分は誰かのためにお役に立ちたいという。もうそういう気持ちで、自分も悲しいこと辛いこと、ホント泣きたいこといっぱいあったんですけど、でも逆に、私は悲しんでる人とか辛い人のために、なにか歌で励ますことができれば、もうそれで幸せなので。
美輪:だからね、今まで侮辱受けて、苦しい思いしたりいろんなことしたりね、それはね、全部そのための、つまり必要なお勉強だったんですよ。
中島:そうでしょうねえ。
美輪:そう。
中島:はい。もう、そう思ったらあの、48年間ていうものは逆にありがたくて。あの…やっぱり、ああいう悪いことがなかったらいいことにもめぐり合えなかったなと思うと。
美輪:それがね、声の波動になってね、伝わるんですよ。その思いが。だから、これからですよ。
中島:ありがとうございます。
美輪:で、やっぱりね、あの、水木しげるさん(1922〜。妖怪漫画の第一人者。代表作に『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔君』など)て漫画家の方、いるでしょう。久しぶりにお会いして、対談してお話したときに、「70歳になってからね、やっと一週間にいっぺん、利口になっていっています」っておっしゃったの。で、「いろんなものが見えてきた」っておっしゃるの。それが私もね、70歳になって初めてわかった。
国分:へえ〜!
美輪:「ああ、そういうことだったんだな」と思って。だからそうするとね、歌の解釈でもいろんな世の中のことでもね、ものすごいわかりやすくなってくる。でも人間ていうのはさ、40になったら女の人はね、閉経も始まったし女じゃなくなっちゃったしね、「もうこれでダメか」って、自分でブレーキをかけて終止符を打っちゃうじゃない。男の人はもう、「あぁ、30代まではやる気だったけども、先はしれてるしね、とにかくいったってせいぜい係長か課長止まりだし、大した人生じゃなかったな」って自分で諦めちゃって、終止符を打っちゃうのよ、ブレーキを踏んじゃうの。そんな必要はないのよ。40、50、60、70、80、ずーっとね、進化していくの、人間ていうのは。
国分:ほぉ〜。今聞いといて僕はよかったです。この年齢でその話が聞けて。
美輪:だから、視聴者の皆様はよく覚えといてほしいと思う。自分でブレーキ踏む必要はないんですよ。無限にあるのよ、自分の可能性っていうのは。これだけかと思ったらとんでもない。こっちもあったこっちもあったってね、いろんな発見があるの、自分の中に。そう。

【母への思い】
国分:ひとつだけ願いが叶うなら、お母さん…。
中島:あぁ…やっぱりねぇ、私がひとりで住むようになって久しぶりに、20年ぶりくらいに、母とようやく一緒に暮らせるようになったんですけども。9年前にクモ膜下で倒れて入院して、もう二度とあの…帰ってこれなかったっていう状態なんですけど(母タミエさんは平成9年他界)。だから、一緒に久しぶりに住んだのがホントに2、3年だったので、もっといろんなところ連れてってあげたかったなって思うと、もう…もう、できるならば、69だったんで、もっともっと長生きしてほしかったなと思いますけれども……。で、なんで私が母とふたりで好きな歌で『アメイジング・グレイス』(“驚くべき恵み”。罪深い人間にさえも、神は救いを与えてくれることを感動的に歌い上げた曲)が好きだったかっていうと、今まさに歌っていかなきゃいけない歌のひとつと思っていて、実は母がね、機械が動いてたのが、かわいそうにだんだんわずかにこう、波がなってきた時に、「お母さん、お母さん」て。「どこ行くの、おいてかないで」って、今まで出したことがないような声を出して叫んで。その時に思わず母の大好きだった歌をね、「お母さん」て言ってたんだけど、思わず♪Amazing grace,how sweet the sound…って、もう一所懸命歌ったんですよ。ピーっていう音まで聞こえてたんですけど、ピッピッ…てまた動き出して! そしたら先生の方がビックリしちゃって。でも…もう「これ以上はダメですから」って言われた時に、「あぁ、私はこの歌を途中で止められてしまった」って。「お母さんごめんなさい!」って。「私は絶対、最後まで歌うのが仕事なのに、あなたの前で最後まで歌えなくてごめんなさい」って、その気持ちばっかり。だからこそ、コンサートでは…(泣く)。…ホントごめんなさい、私、思い出しちゃって。
美輪:ええ、わかりますよ。
中島:コンサートではずっと歌い続けている歌なんですけども。これを聞いた方々が、「こないだ主人を亡くしたけれど、この歌を聴いたら生きていく希望がわいてきました」って言われたら、やっぱりそれは自分の悲しみよりも、皆さんが元気になってくれればと思うから…やっぱり、一所懸命歌って生きたいなって。
美輪:お役目ですものね。
中島:これはほんとにそう思ってます。たぶんあの時ね、動いたんですよ。動いてね…、もう、絶対生き返ってくれると思って一生懸命歌ったんですけど……。
美輪:でもねえ、あのつまり、寿命っていうものはね、まあこれはもう、どなたでも遅かれ早かれ亡くなるものですからね。
中島:はい…。
美輪:その時期が来ただけで。うん。そして、別にね、見えないだけの話で。あなたのずっと側にいらっしゃるし、コンサートの時も楽屋から舞台袖から客席回ったりね、いろんなことをしてちゃんと聴いてらっしゃるから、なにも悲しがられたりする必要まったくありませんよ。うん。いつでも聴いてらっしゃるんですもの。ね。
中島:今日は絶対母は来てると思いました。母は美輪さんの大ファンなので。
美輪:ありがとうございます。
中島:たぶんニコニコしてるんじゃないかなと。
美輪:紫の花が好きじゃなかったかしら。
中島:はい。大好きです。
美輪:ねえ。紫のお花持ってらっしゃるの。鉄線みたいな。
中島:あぁよかった。持っててくれてますか。
美輪:はい。桔梗よりも明るくて、鉄線の花みたいな。綺麗な紫の花を持ってらっしゃるから、紫の花がお好きだったのかなって。
中島:ほんとにその通りです。カトレアの花も好きだった。砂原美智子先生が(1923〜1987。昭和音大で中島を指導。オペラへの道を開いた恩師。パリ国立オペラと専属契約するなど、ヨーロッパを中心に国際舞台で活躍した。現役引退後は昭和音大教授などを務め、後輩の指導にあたった)カトレアの花がお好きで。いつもね、1本しかうちは買えなかったので、いつも先生のところにレッスンに行くときに1本だけ買って。
美輪:ちょっとこれ、カトレアみたいじゃありません?(自分の服を指す)
中島:そう。ホントにもう紫が大好きで。
国分:今も、お話お母さん聞いてたと思うんですけれども、どんなことを言ってるんですかお母さんは?
江原:いや、お母さんは番組の初めからずっといるんですよ。でいて、スピリチュアル・チェックを聞いてるときからもそうで、実はどこにいるかというとね、私の中。
国分:え。
中島:わぁ!
江原:私の中。だからさっきからずーっと、あんまり今日はしゃべれないんですよ。
美輪:(笑)。
江原:こっちに入っちゃってるの。普通よくね、(ゲストの周りに)見えるとか言うでしょう?(今日は)私のほうを通して見ててね。でいてね、いっこだけ言ってるのは…、それと全然余談なんだけれどもその、砂原先生。いらっしゃるの。
中島:やっぱり!
美輪:砂原美智子さん。
江原:いて。それで後ろで「見て、ふっくらしたでしょ」って言ってるの。だからご本人が、最後痩せていかれたようでね。それがすごくイヤだったみたい。で、「ふっくらしたでしょ」っていう感じでね、すごくイキイキとしててね。「もうこの体格になったら、あなたに負けない」とかって言ってるのね。
中島:でも、先生の口グセです。私にはいつもね、周りはみんなお金もってらっしゃるお嬢ちゃま多かったり、私は先生のお陰で奨学金も頂いて、なんとか頑張ってバイトしていけたんですけど、先生がね、「あなた絶対痩せないで。ちょっと私はくやしいわ」っておっしゃったんです。ホントに。
美輪:だから「もう負けない」って言ってるのね。
江原:でもね、すご〜く厳しい先生だったんですって。
中島:そうです。
江原:でもあれはあなたに向けた愛のムチでね、だから、それはあなた一番よくわかって受け止めてくれた。みんな辞めてね、退散していった子いっぱいいるけど、あなたは最後までしがみついていて。で、亡くなった後もずーっとあなたがしょっちゅう話しかけてくるから。
中島:そう!
江原:それでいつも、毎日のようにって。この世でいう毎日ね。のように聴いてるから、まったく寂しい思いをしたことがないって。
中島:あぁよかった〜。
江原:で、あなたがステージに上がる時も話しかけるもんだから、いっつもあなたのステージを聴かなきゃいけないって。
美輪:(笑)。
中島:あ、それわかります。私いつもね、先生の口グセで、絶対いらっしゃるわけないのに電話かけると「あら、あなたねえ、いつもね、舞台の袖で見てるざんすよ」って必ずおっしゃるんですよ。それがね、実は私クセになってて。舞台始まる前に必ず見て、ご挨拶して。じゃそれですねきっと。いつも先生のことを思ってますから。
江原:そう。それでいてお母さんはね、中入ってるでしょう? で、さっきからねえ、ずっと聴こえてくるのが、最初からなんだけど、ずーっと中島さんになぜかね、子守歌を歌うの。
中島:(顔を覆って号泣)
江原:何曲もいろんな歌変わるんだけども、懐かしい昔の歌とかね、で、今も聞こえてくるのが『ゆりかごの歌』。
中島:えー!!
江原:♪ゆーりかごーのーうーたーがーって、ささやきながら歌っててねえ。ずーっと歌っててね、それで学校のね、音楽会でね、「歌手になろうと思った」っておっしゃったでしょう? だけどそうじゃなくてね、これは勘違いでね、お母さんのね、この…ずっと歌う子守歌で、中島さんの歌心がついたんだと思う。
中島:(泣きながら)私が、母の口から始めて聴いた童謡が、その歌なんです。
美輪:『ゆりかごの歌』。
中島:あぁ、びっくりした…………。
江原:で、それをね、ずーっと歌っててね、やさし〜い声なんですよ。でいて、大きな声じゃなくて、ささやくようにずーっと歌ってね。苦しい時もいつもね、中島さんが乳飲み子だった時もすごく大変でね、でもその時もずーっと歌って。それはね中島さんにも歌っていたけど、自分自身にも言いきかせてね、歌ってね、歌いきかせてっていうのかな。そうやって励まし続けてね、で、そうやってあなたを育んで育てていく、そして自分も育てていく、で、自分の命も最後まで大事にする…………(絶句)…………そういう思いでねえ。今もいっぱいなの。で、お母さんはなにも、苦しくもなにもない。ね。苦しくもなにもない。で、お母さんやっぱりこう言ってるの。「お母さんは、一番いい時にこの世を去った」って言っててね。なぜかというとあの時に、でもね、ほんの数年でもあなたと過ごせた年数がとても大事で、そこからあと、ね、お母さんが去って、お母さんはね、あなたがね、幼稚園とかね学校の時、思い出していただきたいんだけど、お母さんがね、“なんとか母離れをさせないといけない”っていうんでね、わざとこうやって行っちゃあね、隠れて見ててっていう。それがね、またそれをしたんだって言うのね、亡くなった時。あなたのこと見ててね、「ちゃんと生きれるかな」って「大丈夫かな」って。だけどお母さんがこの世を去ったあと、あなたはちょっとやっぱり生きれないぐらいの状態になっちゃったって。だけどそれをずーっと、『カナリアの歌』っていうんですか、『ゆりかごの歌』? その歌を歌って、ずーっと励ましていってて。だから、なんとなくお母さんのことを思うとまた沈むんだけど、なんかふーっと元気出てきたりね、ホントは悲しいはずなんだけど、なんか楽しいような気分になったり、してたはずなんですよ。だからそうやって、あなたと少し親離れ子離れしなきゃいけない時期にそうできたって。お母さんは自分の人生、満足でしたと。
中島:そうですか…。
江原:いろいろと、あの…苦労も多かったけど、でもやっぱり、あなたにもっといっぱいのことをしたいと思った。できなかったとも思ったけど、でもそのその気持ちも今はないって。与えられるだけ精一杯の愛情を込めたつもりだから、どこの母にも負けないだけのことをしたつもりだってことをおっしゃってて。お母さんとにかくね、生きてた時に一番の辛い思い出、大変だった思い出。もうね、お米。もうね、米粒をとにかくね、「お米をなんとかしなくちゃ、お米をなんとかしなくちゃ」がすごく多くてね、そのことだけは思い出したくないって(笑)。
美輪:(笑)。
中島:いやあ、苦労してました、ホントに。かわいそうに。もっともっとねぇ……。
美輪:いやでもね、お母様が素晴らしいのはね、今の世の中の視聴者の方もね、聞いていただきたいんだけどね、母親はね、赤ちゃんに対して子守唄を知らないし、子守歌を歌ってあげないんですよ。だから、小学校中学校高校になってからグレて。いいトラウマを植えつけられてないから。だから、♪ねんねんころりよ おころりよ、とか、♪ゆりかごの歌を カナリアが歌うよ ねんねこねんねこ ねんねこよ、っていうふうにやると、母親の愛の波動が伝わってね。で、ちょっと子供がグレてきてね、中学くらいになっておかしくなってきたなっていう時に、子守歌を♪ねんねこねんねこ ねんねこよ、って知らん顔して台所で歌ってやるとね、子供が後ろ向いてても、フッと聴いたときにね、一番無垢で純情だった頃のね、気持ちに軌道回復できるんですよ。だから、子守歌っていうのはものすごい力を持ってるの。
中島:へぇ〜。
美輪:ですから、それがいいトラウマになって今、花開いてらっしゃるのね。だから世の中のお母さんたちには、ぜひね、なんでもいいから子守歌をね、赤ちゃんの頃から、子供の頃から歌ってほしいと思うわね。
中島:妊婦さんいらっしゃると、すぐ私もおなか撫でて子守歌を歌っちゃうんですね。なんの、何も考えずにすぐ。あれはうちの母がしてたんですね。
江原:そうそう。
美輪:いや、自分の中に、そのトラウマが植えつけられてるんですよ。
中島:ホントに、一卵性親子って言われて。いっつも。小学校のとき1回だけ、確かに突き放された時に、「自分で意地悪した子にも、ちゃんと『ありがとう』って言ってごらん」て。実は私「ありがとう」っていう言葉、大好きなんですけど、あの私、とにかく自分が転校するのも言わないで、それが私をいじめた人たちに対してのホントは仕返しだったんですけど。そしたら母が急にみんなにね、「これプレゼントしなさい」って。お金もないのに、鉛筆と消しゴムとノートのワンセットずつをですね、みんなにあげる時に、「ちゃんと顔見て『ありがとう』って言ってごらん。いいことあるよ」って。「なんで? あんなに意地悪した子にはあげたくない」って私が言ったら、「いいえ、絶対変わるから。『ありがとう』って言ってごらん。すごく変わるよ。絶対変わるよ。いいから、言われたとおりにしなさい」って。母は廊下に出てたんですよね。私、すっごく鮮明に覚えてて。ひとりずつに目を見て「ありがとう」って言ったら、返ってくる言葉があるんです、必ず。40人。「ありがとう」。「行っちゃうの?」っていう子がいたり、「もっと一緒に遊びたかった」っていう子もいるし。こんな言葉って返ってこなかったのに。とうとうやっぱり、意地悪だった子にも行かなきゃいけないですよね。でも一所懸命、「ありがとう」っていったの。そしたらね、涙いっぱいためて「ごめんね」って言ったんですよ。私その時ね、あの、ほんっっとに、母の言った言葉がなんていい言葉なんだろうって。「ありがとう」って。「ありがとう」って言ったら、「ごめんね」って。その子が私に謝ったんですよ。もうそれで、もう、私はもう………ああ、うれしいなあって。
美輪:素晴らしいお母様じゃない。
中島:はい。
美輪:そういうのが、『柔よく剛を制す』っていうのよね。
中島:だからホントに「ありがとう」って……。だから、だからこそ、母に生き返ってもらって、もっともっといろんな話を聞きたいけど。今頑張って、私も歩かなきゃいけないので。こんな、見守ってくれてるんなら。
国分:……ちょっと先ほど何回か出ましたけど、またオーラのカルテのほう行ってよろしいですか?


【中島啓江・オーラのカルテ】
国分:守護霊さん。
江原:あの、最初にお母様が教えてくれましたけど、確かにあの、男性でね、お坊さんがいるんですよ。でね、大玉の数珠をね、さげてる人なんです。そういうお坊さんが一番中心にいらして。それでいてね、あともうひと方はね、ふる〜い時代のね、かぐや姫を見てるかのようなね、鎌倉とかそういう時代のお着物を着た女の人がいらっしゃるの。ストレートヘアでね、こうスーッと、かぐや姫みたいなね。そういう方がいらっしゃる。そしてあとは補助霊ってことになるんですけどね、砂原先生、あとお母様とかがいらっしゃいます。
美輪:砂原先生っていうのはね、日本の代表的なオペラ歌手だったの。
国分:はぁ〜。
美輪:うん。
江原:それで、ちょっとこれは面白い話でね、砂原先生がおっしゃってるんだけどね、お歌ね、習ってらっしゃる頃、山田耕筰(1886〜1965。『赤とんぼ』『からたちの花』などで知られる作曲家。オペラ、映画音楽などあらゆる音楽分野に貢献した)の歌についてなにか、先生にいろいろ質問しました? 
中島:え、私!?
江原:それでね…ありました? 先生がね、「私ね、あなたのためにしょうがないから、山田耕筰先生にね、会って、あなたのね、いろんな疑問だとか質問だとかを、しょうがないから尋ねに行ったわよ」ってこうおっしゃる。
美輪:へぇ〜。(国分に)山田耕筰さんってね、戦前から戦中、戦後にかけて…。
中島:私、なんでも質問してましたから。
江原:すごい質問攻めで、先生答えられなかったの。
美輪:…活躍した作曲家。頭がツンツルテンのね。
江原:『赤とんぼ』もそうでしたっけね?
中島:そうです。
江原:山田耕作。有名なね。
美輪:それについて質問なさったの?
中島:はい。私は、山田耕筰先生と北原白秋先生のコンビの作品が多いですよね。で、『からたちの花』のあの、北原白秋さんのあの詩に、どうしてこのメロディをつけたのかと。これはあまりにもね、抱きしめてるように、あまりにもすごく綺麗で。でも歌うほうには大変難しい歌なのに………逆にこの、人間関係(笑)はどうだったんだろうって思って。
美輪:江原:(笑)。
中島:その北原白秋さんと山田耕筰さんの、そういう思いっていうのはどうだったんだろうだとか。結局、先生もホントに確かに困って。今なら会えますもんね(笑)。
江原:そう。だから面白いのはね、この先生って、そういうユニークな方だっていうことと、あと、聞かれてわかんないことは、必ずちゃんと確かめないとお嫌な先生だったの。
中島:いや〜。
江原:それでいて、お母さんはお母さんで、自分が真似するっていうかね、「あんたも衣装ケースが好きねえ」っていう言い方をしててね。で、なんでも衣装ケースづめにするクセ、習慣が。お母さんのがうつっちゃって。
中島:今、マネージャーの方が笑ってますよ。そのとおり(笑)。
江原:だけどね、「数いっぱい作って、箱だらけにすればいいってもんじゃないよ」と。「少しは処分しなさい」って。
中島:うわっ(笑)。
江原:あと、お母さん自身のものもそう。「そんなに取っておいたって、誰が使うの」って。入れっぱなしひとつも離したくない、捨てたくないって。
中島:はい。取ってあります。
江原:だけども、「もう少しあなた自身がね、身軽になったほうがいいよ」って言って。
中島:母が拾ったナナカマドの実は取ってあります。
美輪:でも、捨てられないわよねえ。
中島:捨てられないですねえ。そうか、そういうことなのか……いや〜、びっくりしちゃった。
国分:なにか今、お母さんに言っておきたいことはあったりするんですか?
中島:もう言っておきたいこともなにも、もう今、こんなに側にいるから…。
美輪:いつもいてくださればね。
中島:母に恥じない人生を送らないと…。
江原:あとお母さんがもうひとつはね、「頼むから墓で泣かないで」って。
美輪:(笑)。

中島:(下を向く)
江原:墓で。「墓来ると泣く」って。
中島:(泣く)
江原:だけどお母さん、それ聞くのも辛いし、「墓で泣かれても」って。「でも人が、人様が聞いてたらあなた、ねえ、それなりに立場もあるんだし、あんまりそんなに墓場に来て泣かないで」って。
中島:(泣く)
美輪:それとね、あの、これはもうひとつ申し上げておきたいんだけどね、死者を思うことはね、それは死者はありがたいし、いつも忘れてもらいたくないのね。常に思い出してほしいんだけど。あのね、あの、悲しみの波動でもって生きててこういうなんとかかんとかってね、未練の言葉でアレすると、死んでる人が成仏できないのよ。気がかりで。
江原:うん。気がかりで。
美輪:気がかりでね。だから、死んでても、ろくろく死んでられないのよ(笑)。だから、こっちからはいい波動を送って「どうぞ、あたくしのことは心配いりませんから、楽にしててね」ってするとスーッと楽になるの。いつもついててあげるけれども、その成仏できないっていう悪い波動でね、足を引っ張られたまんまってことはなくなるの。だから楽しい、いい波動だけを送ってさしあげればいいの。
中島:(江原に)あの…私の身の回りを、一週間ぐらい調査されてませんよね(笑)? なんでこんなに、信じられないくらいわかる…。
江原:角曲がってね、お母さんのお墓が見えた途端に、もうベソかき始めるんですって。
中島:あぁ、もう、近くになったらちょっと、ダメですね。
江原:それでも泣きながら、嗚咽するわ、花は置くわ(笑)。それはせわしいらしくて。それはもうね、そんな必要ないでしょと。その時はこれだけ思い出せばいいって。「旅したじゃない」って。「食べ歩きしたじゃない」って。その思い出がいつも生きてるから、お母さんには。「その思い出を思い出せば笑えるじゃない」って。
中島:うん………いい母でした。ほんとにいい母でしたね……。ケンカももちろんたくさんしたし。でも母と幼い頃から。
美輪:二人三脚でね。
中島:そうです。あの、いろんな内職で、封筒作ったりとか。あの封筒だって、100枚作っても10円ももらえないって(泣く)。あぁ、なんてことなんだろうって思ったこともあるし………。でも、花を作ってる時は楽しかったですね。綺麗な花がいっこずつ。こんな紙とか、こんなお花になるんだっていう喜びと。ホントに私は、一度も「貧しい」っていう言葉を聞いたことないし、ですから、いつも母見て、母の真似して。私がこうやって編み物が大好きだったり、細かいことが大好きなのは、たぶん、母の手伝いをしながらいろいろ覚えたんだと思いますけど。
美輪:やっぱりお母さんには心意気があって。「貧乏は恥ではない」っていうね、「貧しいことは恥ではないんだ」っていう気概がおありになったのね。それで、お幸せだなと思うんですけど。苦しいことも二人三脚、それが家族なんですよ。ね。そういう苦しかったこと、積み重ねが、思い出がぎっしり詰まってるから、それだけたくさん思い出をお持ちというのは、ものすごく幸せなことよ。ねえ。
中島:はい。
美輪:ね。それがぜんぶ歌となって花開いていって、皆さんにおすそ分けできるんですもんね。
国分:そうですねえ。
美輪:そう。
中島:あぁ〜。すごく気持ちが楽になった〜…………。
国分:もしよろしければ、お母さんが大好きだった『アメイジング・グレイス』をこの場でちょっと歌ってもらって。
美輪:素敵素敵。
中島:緊張する……砂原先生もいらっしゃるんですもんね。
美輪:(笑)。

中島:(歌う)
Amazing grace,how sweet the sound.
That saved a wretch like me.
I once was lost, but now I’m found.
Was blind, but now I see.
(アメイジング・グレイス その美しい響き
私のような堕落した者も救ってくれた
一度道を見失った私だけど 今は神に見出された
目が見えなくなっていた私だけど 今は見える)

美輪:ブラヴォー、ブラヴォー、ブラヴォー。ブラァヴォ!!! ブラヴォー。
国分:ありがとうございます。
美輪:素晴らしい。ホントに素晴らしい。
中島:ホントに、お三人さまにありがとうございます。なんか、母に最後まで歌を聞かせられなかったあの日…ちゃんと…なりました。
美輪:でも、ちゃあんと聴いてらっしゃるものね。
中島:でもねえ、すごく……今日確信できた気がして。
国分:今日はやっぱり、おふたりに会ってぜんぜん変わりましたか?
中島:はい! それから、太一さんもなんてお若いのに。
美輪:今時珍しいの。全然汚れてないから。すごい好きなの。
国分:単純に、母親をホントに大事にしなきゃなって思いましたね。
美輪:思ったでしょう? うふふ……。
posted by 大介 at 03:58| Comment(6) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
中島啓江さんの回は放送で見たのですが、記事を見てまた泣いてしまいました。
私も母を亡くしているので、何かの時はきっと母に守られているのを実感しました。
久々のアップお疲れ様でした。
ありがとうございました。
Posted by 菜の花 at 2006年12月25日 18:22
こっそりアーーップ!してくださって、感謝します。
この回は見てなかったので、実況を読めて、ホントに
ラッキーです。とても大変な作業ですよね、、
正負の法則どおり!貴方に善きことがありますね!
私は喜捨させていただきます。
新年の分も期待しています(笑)
ありがとうございました(^^♪
Posted by arigatou at 2007年01月11日 02:15
僕も海外に住んでいるので番組を観たことがありません。こうして読ませていただいて感動いたしました。手間隙のかかるプロセスだと想像しますが、放送で見られない我々のために大変有難うございました。
Posted by 直人 at 2007年02月11日 10:43
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Posted by figma アイギス at 2012年01月19日 19:12
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